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ある大手学習塾の高校入試案内書を繰っていたら、面接試験対策に相当のページが割かれていることを発見しました。これは、脱偏差値、脱業者テストの流れの一貫として、面接試験がウェイトを増していることの現れと思われます。その中に「グループ面接」という項目があり、受験生が数人のグループごとに面接される試験の注意事項が書かれていました。
「注意しなければならないのは、常に他の受験生と比較されているということです。自分自身の考えを元気良くハキハキ答えるようにしましょう。」とありました。
埼玉県では、公立高校がほぼこの方式で面接試験をしていますので、この面接試験について少し考えてみましょう。
「グループ面接」と聞くと、普通、一人ずつ部屋に呼ばれ、複数の面接官から質問を受ける個人面接より、受験生の受ける心理的な負担が少ないのではないかと思いがちですが、実は、グループ面接は大変厳しい、酷な面を持っています。というのは、個人面接の場合ならば、面接官は初めから、被験者は一人一人違うものだという認識を持っており、たとえば「この子は緊張しているな」と面接官の誰かが感じれば、リラックスさせて発言を引き出してやろうという助け舟的な質問をしてくれる可能性があります。十人十色の生徒たちそれぞれを、どういう子なのか理解しようという態度で臨んでいることが期待できるからです。
ところが、グループ面接の場合は、初めから横に並べて比較して優劣を決めようという作為があるのです。同じ状況で同じ質問をして、どのように違うのか、てきばきと適切な答えが返ってくるのかそうでないのか、その差に注目するという腹積もりなのです。
その差が、その子のどのような性質に基づいているのか、それが将来どのように変化していく可能性があるのか、そんな深い考察は初めからやる気もないのです。ただ、グループの中で現れた差に注目して点数をつけているのです。
大勢の志願者の中から、少数の求める人材を発掘しようという場合にはこういう面接方法も有効でしょうが、これから高校で勉強しようという、非常に幅広い適性を見るのに、こんな面接方法はいかがなものでしょうか。私は、不向きだと思うのです。やるなら一人ずつ面接すべきです。それができないなら、よほど不適格な人をはじくだけにすべきです。一般の受験生の合否判定に、これで得られた点数を持ち込むべきではないと思います。
以上は公立高校の入試担当の方への意見です。
さて受験生の方には、今は、入学試験はあるものの、学力だけで志望校に入学できるかどうかが決まるのではありません。人間としての成長の度合いも考慮されます。その中には、挨拶ができるか、礼儀を知っているか、人の話を理解して自分の考えを述べることができるかなどの観点も含まれると思います。そういうことはもっと大人になってからで良いと、いつまでも子供の特権を振りかざしているようではいけません。あるいは、自分は内気だからといつまでもはにかんでいるようでもいけません。普段から、同じ歳の人以外の人とも、しっかりコミュニケーションを交わすように心掛けましょう。人間は周りの人あっての存在なのですから、周囲の人と違和感なく口がきけるように、少しずつ練習をしておきましょう。
面接試験となると、想定される質問に、ある程度答えを用意して臨むと思いますが、グループ面接は、隣の人の答えや、その場の雰囲気にも左右されかねないのです。少々のことには動じないで、自分の考えがちゃんと述べられるように、日頃からそういう心掛けで生活を送るようにしましょう。自分の考え(短時間のことなので、余り極端なことを言うと誤解される恐れがあります。わかりやすい範囲に留めましょう。)をちゃんと述べて、それで点数が悪いようなら、そんな学校に行っても不快な思いをするだけでしょうから、「こちらからお断り」そのくらいの開き直りも必要でしょう。
「グループ面接 = 一人じゃないから、気が楽だ」と油断しないように、警戒警報を鳴らしておきます。
以上「グループ面接」について気になることを記しました。みなさんのご意見もお聞かせください。
[TEXT:高橋秀樹(個性を伸ばす教育研究室・伸び伸び塾)]
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