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STAFF DIARY「スタッフダイアリー」
vol.4『歴史の影』(2001.09.17.)
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先日アメリカで起こった悲劇的なニュースは全世界に衝撃を与えた。 イスラム原理主義者によるテロ行為によってアメリカの富の象徴でもある世界貿易センターのツインタワービル、 そして強さの象徴でもある国防省(通称ペンタゴン)は崩落した。 アメリカ国民は深い悲しみと共に、「世界の警察」「世界一の国家」としてのプライドを引きちぎる出来事でもあっただろう。

アメリカに対するテロ行為は今回が初めてでは無い。今までにも何度もテロの標的にされ多くの人命が奪われた。 なぜアメリカがイスラムのアラブ人達の標的になるのか?そこには深い問題がある。パレスチナ問題だ。

現在も続くイスラエルとアラブのパレスチナ紛争。 両者の間に入って和解を進めているのは紛れも無くアメリカだ。 しかしアラブ人としては「イスラエルに武器を売っているアメリカが何を言ってるんだ。」という 気持ちがあるだろうし、 「長い間、そこに住んでいるのはイスラム教徒なんだ。」という気持ちもあるだろう。 今回のテロが起きた後パレスチナのアラブ人達の映像がテレビから流れてきた。 人々は喜びを表し笑顔でテロを讃えた。そして口々に「アメリカが悪い。アメリカは自業自得だ。」と言った。 それはアラブ=イスラムの人々の気持ちを物語っている光景だった。

1世紀にユダヤ人がパレスチナを失い、そして7世紀以降その場所はアラブ=イスラム世界のものだった。 16世紀以降はオスマン=トルコ帝国の領土となったがイスラム教支配は続いていた。 パレスチナから暗雲が立ちこめ始めたのは第一次世界対戦時からだった。 1915年の「フサインーマクマホン条約」そして1917年の「バルフォア宣言」という二つの矛盾した内用の条約は 現在におけるパレスチナ紛争の発端と言っていいだろう。

第一次世界対戦はイギリス・フランス・ロシアなどの連合国と ドイツ・オーストリア・オスマン=トルコなどの同盟国との戦いであった。 戦時中イギリスはアラブ人に対して戦後のトルコからの独立を認める約束(フサインーマクマホン条約)をし、 またユダヤ人にはパレスチナ復帰運動の援助の方針を出し(バルフォア宣言)、双方の協力を得る事に成功した。 しかし連合国内では戦後のトルコ領分割案も話し合われた(サイクスーピコ条約)。 それらの矛盾した列強のエゴによってパレスチナの問題はより複雑になった。

その問題は第二次世界対戦を挟み現在もなお解決していない泥沼の問題となっている。 そうした中でアラブ人の憤りが反米感情となり、その中でも過激なグループがテロという反社会的な行為を生み出している。 テロという行為は許される行為では無いが、もしアメリカが武力によってそれらの者を押さえ付けようとしても 結局はまた同じような事が起きてしまうのではないだろうかと懸念するのです。
TEXT:Takanori Ohshiba

STAFF DIARY「スタッフダイアリー」
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vol.4〜はコチラ→

vol.3(2001.09.10.)
「家庭と学校の温度差」
vol.2(2001.09.07.)
「デフレ日本」
vol.1(2001.09.04.)
「競争の場所」
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